夫婦とは
沖縄から帰って、その翌日が父のお通夜そして翌々日が告別式でした。私はもう一日実家に泊まり後始末を手伝い、帰ってきました。
父の穏やかな今にも起きそうな笑っているような顔を見た時、天寿を全うしたんだな、やっと楽になれたんだねとほっとしました。
最期まで在宅で在宅医療の助けを借りながら面倒をみた母は本当に立派だったと尊敬します。昔っから父に対しては文句ばかり言っていたのでそんなに仲が良いわけではなかったのですが、長年連れ添っているうちにお互いいたわりあうようになっていくものなのですね。
夫婦の数だけ様々な愛の形があるのだということを改めて感じました。
父は前立腺ガン末期という病気がわかってから1年、自分の身体よりも母の心配をしていたそうです。
母が風呂場で倒れてはいないか心配で、母がお風呂に入るときは洗面所のドアを閉めないで音が聞こえるようにしてくれと言っていたり、母が家にいる時はベッドでずっと寝ているのに、買い物でいないときはずっと起きて待っていたそうです。
孫たちが見舞いに来たあと、小さな声で「さよなら、さよなら」と呟いていたことも後で知りました。
夫婦とか家族というのは何か困難があった時に絆が試されるのだと思います。母もそんな何度かの困難や危機を乗り越えての腹を据えての看取りだったのかと。
私自身も姉と協力しあっての1年で、より絆が深まったような気がしています。
沖縄で1番感動したガンガラーの谷のガジュマルの木
ガジュマルは枝から細い根が伸びて地面に着いた時、そこが岩であろうと根を張り太い幹になっていくそうです。
そして、古い元の親の幹は枯れ死んで子供が育つので歩く木とも言われているそうです。そうして何十年、何百年と枯れずに少しずつ大きく移動していくガジュマルを見た時、父からガジュマルのように根を張って生きろとメッセージをもらったような気がして涙が出ました。
父の話はこれにて終了。
次からは沖縄でまわってきたところを明るくご紹介したいと思います。
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