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2017年2月

2017.02.12

夫婦とは

沖縄から帰って、その翌日が父のお通夜そして翌々日が告別式でした。私はもう一日実家に泊まり後始末を手伝い、帰ってきました。

父の穏やかな今にも起きそうな笑っているような顔を見た時、天寿を全うしたんだな、やっと楽になれたんだねとほっとしました。

最期まで在宅で在宅医療の助けを借りながら面倒をみた母は本当に立派だったと尊敬します。昔っから父に対しては文句ばかり言っていたのでそんなに仲が良いわけではなかったのですが、長年連れ添っているうちにお互いいたわりあうようになっていくものなのですね。

夫婦の数だけ様々な愛の形があるのだということを改めて感じました。

父は前立腺ガン末期という病気がわかってから1年、自分の身体よりも母の心配をしていたそうです。

母が風呂場で倒れてはいないか心配で、母がお風呂に入るときは洗面所のドアを閉めないで音が聞こえるようにしてくれと言っていたり、母が家にいる時はベッドでずっと寝ているのに、買い物でいないときはずっと起きて待っていたそうです。

孫たちが見舞いに来たあと、小さな声で「さよなら、さよなら」と呟いていたことも後で知りました。

夫婦とか家族というのは何か困難があった時に絆が試されるのだと思います。母もそんな何度かの困難や危機を乗り越えての腹を据えての看取りだったのかと。
私自身も姉と協力しあっての1年で、より絆が深まったような気がしています。

沖縄で1番感動したガンガラーの谷のガジュマルの木

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ガジュマルは枝から細い根が伸びて地面に着いた時、そこが岩であろうと根を張り太い幹になっていくそうです。

そして、古い元の親の幹は枯れ死んで子供が育つので歩く木とも言われているそうです。そうして何十年、何百年と枯れずに少しずつ大きく移動していくガジュマルを見た時、父からガジュマルのように根を張って生きろとメッセージをもらったような気がして涙が出ました。

父の話はこれにて終了。

次からは沖縄でまわってきたところを明るくご紹介したいと思います。

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2017.02.06

沖縄にて

こんな話でごめんなさい。自分の気持ちを整理するのに書いています。どうか読み逃げしてください。

父は2月5日の夜、姉と母に看取られて安らかに息を引き取りました。86歳でした。
老老介護で母がずっと自宅で頑張って面倒をみていて、
私が最後に会いに行った節分の日にはまだ意識もあったのだけど。

実は今沖縄にいます。

主人の退職の記念旅行でもあるので、旅行を続けなさいと母達に言われて予定通り続けて明日帰ります。

行く前日になんともいえぬ胸の苦しさ、今から思えばあれは胸騒ぎだったのだと思います。
そして、明け方こんな夢を見ました。
羽田から発つ直前に具合が悪かった父が亡くなったという連絡が入り、キャンセルしかないかと思った時に、父の幽霊が現れ、沖縄のツアーの行程表をみて、ニコニコしているのです。
これは父が行ってこいということなんだなと思って、沖縄に向かうという内容の夢でした。

お父さんありがとう!行ってくるね!私は夢の中で泣いていました。朝起きたらやはり涙で枕が濡れていました。

その時はまだ生きていたのだけど、その頃昏睡状態に入りきっと父は早めに私に会いにきてくれたのだと思います。

暖かいはずの沖縄の海が寂しく感じるのは自分の気持ちが入っているからなのでしょう。

良くも悪くも2度と忘れられない旅になりそうです。



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2017.02.03

第5回東海道踏破オフ(戸塚~藤沢)その2

前記事の続き

名残り松


諏訪神社

昔、社の裏に大蛇が住む池があり、池に映る旅人の影を取って喰ったという。これが影取町の地名になったとか。知らなかった~。

鉄砲宿を抜けて反対側にあるのが旧東海道松並木跡碑

さっきの名残松からずーっと立派な松並木が続いていたのかしら?「緑が丘」と呼ばれたほどの松並木も昭和35年くらいまでで、松くい虫でほとんど枯れてしまったようです。


遊行寺の一里塚跡。昔は今の遊行寺坂よりもっと急坂で、その坂の上に遠くからでもわかりやすいように盛り土されて榎が植えられていたようです。

両側にありますが、今は何も残っていません。説明書きだけ。仕方ないか・・・

この遊行寺坂は箱根駅伝でも走るところです。

日本橋から12里目。私たちもなんだかんだ48キロは歩いたことになります。

藤沢宿 江戸見附

私たちは街道沿いから遊行寺に入ってしまったのですが、参道は下の写真の黒門からになります。

遊行寺

時宗総本山。宗祖は一遍上人。本当に立派なお寺です。

いつも車で通過するだけで一度お参りしてみたかったので、今回お参りできて良かったです。境内からは夕日に浮かび上がる富士山も見えて、感激!


遊行寺橋




参道を出て左側にふじさわ宿交流館があり、藤沢広小路の説明書き、そして高札場が復元されてありました。

残念なことにこのふじさわ交流館が閉館の時間で見学できず!

遊行寺橋を渡って右折すると藤沢本町へ向かうのが東海道なのですが、日が暮れたのでここまでとしてJRの藤沢駅へと向かいました。

江の島弁財天道標

この日もなんだかんだ2万歩超え。よく歩きました。

早く飲みたい!駅前のさいか屋の上の居酒屋『花鳥風月』へ

乾杯~♪

次はどこまで歩けるかな?自分でも東海道歩きを始めてから健脚になった気がしています。

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