第49回お江戸オフその2
その1の続き
虎ノ門ヒルズでゆれいさんと合流。お茶をした後
栄閑院
『解体新書』を書いた杉田玄白のお墓があります。 栄閑院が別名『猿寺』と呼ばれるのは、寛永の頃(1624~1643)、猿回しに扮した泥棒が寺に逃げ込み、住職に改心させられ猿を置いて諸国行脚に旅立ち、人に慣れた猿は寺の人気者になったことに由来します。
狛犬ならぬ狛猿がありました。
天徳寺
かつては浄土宗江戸4か寺の一つで徳川家康から50石、秀忠から100石の朱印を賜ったといいます。
ここに有形文化財の阿弥陀種子板碑があるということで探しまわりました。
けど、説明の看板がないのでわからなくて・・・
しかし、家に帰ってから調べてみるとどうやら私の撮ったボケボケ写真に写りこんでいるのを発見!
(写真はクリックすると大きくなります)黒丸で囲んでみました。
「板碑」は鎌倉時代から戦国時代にかけて各地で造られた板状の石造物で、本来は先祖の供養など民間信仰によって立てられた塔婆の一種である。
で、この寺の種子板碑は頭部を山形に造り・・・と書いてあるところを読むと、大きさからしてもこれに違いないです。あ~、前から梵字をしっかり確認したかったな・・・この記事を書きながら後悔する私でした。毎度のことなんだけど![]()
青松寺
曹洞宗の寺。江戸中後期の儒学者・井上金蛾の墓があるとのこと。折衷学派の先達とされる金蛾は荻生徂徠の学統にも影響を与えたそうです。
本当に立派なお寺でちょうど17時の鐘をついていて心が洗われました。
この後愛宕神社にもお参りをして、浅野内匠頭終焉の地
新橋4丁目の角に切腹を示す碑が立っています。このあたりはかつて田村家の上屋敷があり、そこで浅野内匠頭は切腹させられたのでした。
旧地名は田村町。この石碑は昭和15年町内会の有志14人が紀元2600年記念に47円ずつ出し合って建てたものだそうです。
昨年の討ち入りルートを歩いた時に寄りたかったひとつだったので、今回寄ることができてよかったです。
塩釜神社
すごくさびれた感があるけれど、雰囲気のある神社でした。
元禄8年伊達家上屋敷に郷里の本社から勧請され、安政3年(1856年)現在地に移転されました。
この後、汐留カレッタまで歩いて
鼎泰豐(ディンタイフォン)で陶片木さんと桜桃さんも加わって乾杯~♪
お江戸オフも49回ということは49箇所で美味しいもの食べて飲んでいるってことよね~。
すごいな~^^
最後のこれがあるからこそ楽しく歩けます。今回もご一緒してくださった皆様、どうもありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。
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