« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014.09.26

第49回お江戸オフその2

その1の続き

虎ノ門ヒルズでゆれいさんと合流。お茶をした後

栄閑院

4_705_55

1_106_2

『解体新書』を書いた杉田玄白のお墓があります。 栄閑院が別名『猿寺』と呼ばれるのは、寛永の頃(1624~1643)、猿回しに扮した泥棒が寺に逃げ込み、住職に改心させられ猿を置いて諸国行脚に旅立ち、人に慣れた猿は寺の人気者になったことに由来します。

狛犬ならぬ狛猿がありました。

天徳寺

3_89

かつては浄土宗江戸4か寺の一つで徳川家康から50石、秀忠から100石の朱印を賜ったといいます。

ここに有形文化財の阿弥陀種子板碑があるということで探しまわりました。

けど、説明の看板がないのでわからなくて・・・

しかし、家に帰ってから調べてみるとどうやら私の撮ったボケボケ写真に写りこんでいるのを発見!

2_9527

(写真はクリックすると大きくなります)黒丸で囲んでみました。

「板碑」は鎌倉時代から戦国時代にかけて各地で造られた板状の石造物で、本来は先祖の供養など民間信仰によって立てられた塔婆の一種である。

で、この寺の種子板碑は頭部を山形に造り・・・と書いてあるところを読むと、大きさからしてもこれに違いないです。あ~、前から梵字をしっかり確認したかったな・・・この記事を書きながら後悔する私でした。毎度のことなんだけどsweat01

青松寺

4_71

曹洞宗の寺。江戸中後期の儒学者・井上金蛾の墓があるとのこと。折衷学派の先達とされる金蛾は荻生徂徠の学統にも影響を与えたそうです。

本当に立派なお寺でちょうど17時の鐘をついていて心が洗われました。

この後愛宕神社にもお参りをして、浅野内匠頭終焉の地

1_107

新橋4丁目の角に切腹を示す碑が立っています。このあたりはかつて田村家の上屋敷があり、そこで浅野内匠頭は切腹させられたのでした。

旧地名は田村町。この石碑は昭和15年町内会の有志14人が紀元2600年記念に47円ずつ出し合って建てたものだそうです。

昨年の討ち入りルートを歩いた時に寄りたかったひとつだったので、今回寄ることができてよかったです。

塩釜神社

2_96

すごくさびれた感があるけれど、雰囲気のある神社でした。

元禄8年伊達家上屋敷に郷里の本社から勧請され、安政3年(1856年)現在地に移転されました。

この後、汐留カレッタまで歩いて

鼎泰豐(ディンタイフォン)で陶片木さんと桜桃さんも加わって乾杯~♪

4_725_57

お江戸オフも49回ということは49箇所で美味しいもの食べて飲んでいるってことよね~。

すごいな~^^

最後のこれがあるからこそ楽しく歩けます。今回もご一緒してくださった皆様、どうもありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014.09.25

第49回お江戸オフ(赤坂見附~新橋)その1

9月も下旬。台風がいったと思ったらまた発生したそうですね。名古屋駅は冠水したとか・・・

これ以上災害が起きませんように。

さて、どんより曇り空の20日土曜日にお江戸オフをしてきました。この日は涼しくて歩くのが楽でした。

今回どこに行こうかということになった時、私は豊川稲荷に行きたいとリクエストをしました。豊川稲荷は3年前にやはりお江戸オフで訪れて、その時のお願い事が叶ったのにまだお礼詣りをしていなかったからです。この年は震災の年。我が家は義母が事故にあい、さんざんな年でした。願い事を沢山したのよ・・・

お稲荷さんはちゃんとお礼をしないと祟るっていうでしょ。気になっていました。

というわけで、Tompeiさんが考えてくださったコース

14時赤坂見附集合→豊川稲荷→山王日枝神社→虎ノ門金毘羅宮→外堀跡→虎ノ門ヒルズでお茶休憩→栄閑院→天徳寺→青松寺→浅野内匠頭終焉の地→塩釜神社→鼎泰豐(ディンタイフォン)で18時から宴会

デング熱で大騒ぎの東京なので、一同しっかり虫よけスプレーをしました。

歩きのメンバーはTompeiさん、TOKIKOさんhichaさん。虎ノ門ヒルズからゆれいさんが合流しました。

豊川稲荷

1_104

豊川稲荷の説明は3年前にも書いているので割愛。3年前の記事はコチラhttp://harujion.tea-nifty.com/fancy_pet/2011/12/31-ebd6.html

日枝神社

2_93

こちらも書いているので割愛。

日枝神社は東京のパワースポットと言われているけれど、私は豊川稲荷の方がお社が古いせいか力を感じます。

金毘羅さんへの道を探しながら

首相官邸

4_69
初めて通りました。安倍さん、いたのかな?

この付近、やはり警備の数が多かったです。

外堀跡

5_54

地下に実際に説明してある場所があり、ここに外堀があったんだなぁと思うと本当に現在の都市の姿が嘘のよう。江戸時代の人もびっくりよね。

文部科学省

1_105

虎ノ門の虎

2_94

小さいオブジェでした。

1952年、町の名前が今入町から虎ノ門に改称されてから3周年になったのを記念して地元町内会の「虎ノ門会」が立てたということです。

虎ノ門の由来は江戸城になった36の門のうち寅の方角にあったから。立派な門だったそうです。どんな門だったんでしょうねぇ~。

虎ノ門金毘羅宮

3_88

金毘羅宮は四国琴平の名社ですが、ここは讃岐丸亀城主京極高知が分霊を三田の江戸邸内に勧請し、1679年藩邸の移転とともにこの地に遷座したものです。

銅の鳥居に四神の朱雀青龍玄武白虎が取り付けられているというのを見逃しましたsweat01

このあたりから急に大粒の雨が降り出してきて、慌てて虎ノ門ヒルズへ駈け込んでゆれいさんと合流。お茶をしました。てなことで記事も休憩^^;

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014.09.10

もう9月

早いもので9月ももう10日。(ちなみに今日は私の父の84回目の誕生日。いつまでも元気でいてね。)なんだろ、本当に後半が早いです。

10月からは暮れに向けて家の外壁の塗り替えなどもあり、もっとあっという間に過ぎていきそうです。

なんにもたいしたことをしていない夏休み。家事も趣味も中途半端な私。

習い事も8月中はお休みだったのですが、昨日からトールペイント、今日はペン画とまた始まりました。

ペン画の方は夏期講座で希望制で先々週陶芸に初挑戦してきました。自分の描いたペン画を入れる額を作りましょうってことで、こんなもの↓が完成しました。

先生宅の素敵なアトリエで美味しい手打ちそばをご馳走になって至福の時でした。

7

釉薬は先生お任せで私は形を作っただけなのですが、簡単そうでいて粘土は思うように形になってくれなくてcryingしかも、発想が貧富なため粘土を前にして何も浮かばないsweat01

ってことで四角い形にして、絵を入れる部分を半円形に切りとって、まわりを縄棒でコロコロ。型を使って押して・・・という単純なものにしました。

私って本当に不器用。それでも出来上がってくると私の好きな色合いで嬉しいのなんのって。型はもっとしつこいくらいに押せばよかったのね・・・反省。

下手くそな絵でも額に入れるとなんとなく素敵に見えたり?(*´v゚*)ゞ

年に1回、夏休みだけの陶芸教室だけど、来年はしっかりこんな額を作る!と考えてから挑みたいと思ったのでした。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »