先週末にお江戸オフをしてきました。
とっても暑い時期なので、今回は15時集合で最後は新宿で宴会できるようにTompeiさんがコースを企画してくださいました。
東京メトロ副都心線「雑司ケ谷」駅15時 集合→雑司ケ谷鬼子母神 →金乗院(目白不動) →氷川神社、南蔵院 →面影橋 →甘泉園、水稲荷 →アサヒスーパードライ新宿 http://r.gnavi.co.jp/g242902/にて18時より乾杯
ご一緒してくださったメンバーはTompeiさん、桜桃さん、 陶片木さん、TOKIKOさん、ゆれいさん、Leafさん、アリスさん、宴会からhichaさんです。
この日も朝から暑かったものの、午後から東京23区に大雨洪水警報なるものが発令されて、お日様が出なかったのが非常にありがたかったです。
警報が出たものの、結局最後まで雨は降りませんでしたしね^^
さて、雑司が谷にたどり着くまでの東京メトロ副都心線は初めて乗りました。渋谷から乗り換えたのですが、結構距離があったので歩いていてこっちでいいのか?と方向音痴の私は何度も不安になりました。
電車の連携部分のドアが今まで見たことのない作りだったので、思わず写真でパチリ。車内もとても綺麗です。
鬼子母神
以前オフで訪れた時に時間が遅くなってしまい門が閉ざされていましたが今回は一番最初にもってきたから大丈夫。鬼子母神は安産、子育(こやす)の神様として崇められています。
鬼子母神はその昔インドで訶梨帝母(カリテイモ)と言い、近隣の幼児をとって食うので大変恐れられていました。
沢山いる自分の子供はすごくかわいがり、お釈迦様がそのうちの一人を隠したところその嘆き悲しむ姿は相当なもので、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。そこではじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に崇られるようになったといいます。
今の時代はどう?このところ悲しいニュースばかり。わが子すら愛せない親が増えていて、悩んでいるママは鬼子母神にお参りしてみては?
境内の公孫樹の木、樹齢700年とかですごくパワーを感じました。
金乗院
不動堂の写真を撮り忘れましたが、ここには江戸五色不動のうちのひとつ目白不動があります。江戸名所図絵にも載っていて、このあたりの詳しい話はきっとTompeiさんが書いてくださるかも・・・(とふっておく^^;)
氷川神社
平安時代貞観年中に大宮に鎮座した氷川神社のご分霊をこの地に鎮祭しました。在原業平も参拝したと伝えられています。
面影橋の袂に
「山吹の里」の碑がありました。うっかり見損なうところでした。
江戸城築城の太田道灌にまつわる話があります。
狩りに出かけた途中で雨に降られ、民家に立ち寄り雨具を貸してほしいと頼んだところ、そこの娘が山吹の花を黙って差し出しました。わけがわからず怒った道灌でしたが、帰ってからこんな歌があることを教えてもらいました。
七重八重 花は咲けども 山吹の みのいたづらに 無きぞ悲しき
(実と蓑がかけことばになっている)
自分の無知を恥じ、それ以後道灌は歌の勉強に励んだということです。
面影橋
江戸名所百景にも描かれた面影橋ですが、今は鉄筋の端でその面影はありませんでした。でも、桜の頃が綺麗だろうなぁ~。
甘泉園
明和年間、徳川御三卿の清水家下屋敷だっただけあって、立派な庭園です。
ひょうたん池の前のさるすべりが綺麗でした。
水稲荷
古くは「富塚稲荷」「将軍稲荷」といわれ、江戸中期境内の大椋に霊水が湧き評判を呼んだことが、神社名の由来の一つだそうですが、ここで大事なものを見落としました。
高田馬場の決闘として知られる堀部安兵衛の碑があったのと、富塚と呼ばれる古墳があったんですね・・・(汗)
ということで、見損ねた場所が載っているサイト先を載せておきます。http://members.jcom.home.ne.jp/nobish/793mizuinari.html
水稲荷を出た後は宴会場所の新宿までバスで移動しました。
本当は途中でお茶をする予定だったのに、当初予定していたお店がつぶれていて休憩もできなかったんです。あのあたり、早稲田大学からちょっと離れているせいか出来てもつぶれちゃうのかしら?
持ってきた飲料もカラになり、頭の中はビールで一杯^^;
今回は殿の参加がお一人もなかったので、それこそ今流行りの女子会でした。おばさんでも女子会っていうのかというツッコミはなしで^^;
食べた、飲んだ、しゃべった、笑った!
今回も楽しいオフでした。お付き合いくださった皆様、どうもありがとうございました。
また宜しくお付き合いお願いしますね~。
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