その2のつづき
⑨海晏寺
建長3年(1251年)に臨済宗の寺として開かれました。
長久4年(1043)鮫の体内から観音像が出現したという海晏寺の草創伝説もあります。
海晏寺の紅葉は、御殿山の桜と並ぶ江戸名所として有名で、岩倉具視や松平慶永など著名人の墓が多くあります。
岩倉具視のお墓は高い方にあるのでしょうか?ちょっと覗いた程度では見つからず・・・
どうやら一般人は参拝できないようです。
⑩海雲寺
海雲寺境内の荒神堂に千躰荒神が祀られています。
この千躰荒神は昔芝二本榎の佐賀藩下屋敷に祀られていましたが、藩主鍋島家が戦勝祈願成就を感謝し、ゆかりの海雲寺境内に祀ったといいます。
江戸時代、南品川宿は「薩摩火事」など大火に幾度となく見舞われましたが、火災はいつもこの付近で止まったため、災難除けの神として人々に「品川の荒神さん」と親しまれていました。
近年でも、関東大震災や空襲でも南品川が焼けなかったのは「荒神さん」のお陰だといわれているそうな。
(しながわ瓦版より)
境内には力石や平蔵地蔵もあり、江戸時代からの信仰の深さが感じられて親しみやすいお寺さんでした。
と!ここでふと気がつくと私の手に蚊が止まっていました。いつもならぺしっとたたくところなんだけど、蚊はじゅうぶん吸わせると痒くならない成分をもどしてくれるとかってTVで見たことがあって、しばし実験。その吸わせてる画像を見たい人はコチラ
私の血がかなりお気に召したらしく、次の品川寺移動 まで吸ったままだったのですが、桜桃さんに見つかって説明する間もなく、べしっと(笑)
実験が途中で終わっちゃったんですけど、かなり吸わせた後では本当に痒くならなかったので実験成功かな?^^;
話が脱線しました。戻します。
⑪品川寺(ほんせんじ)

品川区で最も古い寺と言われる品川寺。江戸六地蔵の第一番です。
江戸時代から旅人の無事を見守ってくれたお地蔵様に手を合わせました。
あと、ここには「洋行帰りの鐘」があります。
慶応3年(1867)パリの万国博覧会に出品された後に行方不明になり、昭和5年(1930)にジュネーヴの博物館から戻ってきたのです。その縁があってジュネーヴ市とは姉妹縁組をしたとか・・・
その鐘が↓
鐘の周りにはかわいらしい七福神が
七福神全員揃ったと思っていたら一人足りなかった~
さて、この後hichaさんと青物横丁でお別れして、私たちは新馬場駅まで歩くことに。
品川のお閻魔さまを見ようと長徳寺に立ち寄るも時間が遅くて隙間からお閻魔さまを拝んできました。
長徳寺から旧東海道沿いの現在の品川宿の写真は桜桃さんのところで良く撮れているので、そちらでどうぞ^^
さて、お楽しみの宴会です。ゆれいさんとは品川駅でお別れし、イーストワンタワービルの「かこいや」に向かいます。
品川があまりに変わったのでびっくり!!
向かう途中で
みんなでお月見。そう、この日は十五夜でした。
Leafさんとちえさんも加わって賑やかに夜は更けていったのでした。
歩いた、しゃべった、飲んだを満喫した品川お江戸オフでした。
ご一緒してくださった皆様(Tompeiさん、TOKIKOさん、陶片木さん、hichaさん、桜桃さん、くっきもさん、ゆれいさん、Leafさん、ちえさん)本当に楽しかったです。ありがとうございました。またご一緒しましょう。
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