第17回お江戸オフその2
前記事のつづき
旧東海道と第一京浜が合流するところにありました。
ここはかつて八百屋お七や、天一坊が処刑されたところです。磔や火あぶりに使われた台座や首洗い井戸も残っていましたよ
ひぇ~~
江戸の南の入り口に鈴ケ森の刑場、北の入り口に小塚ツ原の刑場がちょうど対になって東海道に面して刑場がある・・・昔は見せしめにして残酷ですよね~。
④浜川橋(泪橋)
鈴ケ森刑場まで700メートルほどのところにあります。
処刑される罪人の親族らはこの浜川橋でひそかに涙を流し別れたことから「涙橋」と言われるようになりました。
今はそんな歴史も感じさせない明るい雰囲気でしたが・・・
⑤しながわ花海道
勝島運河沿いにコスモスが可愛らしく咲いていてのどかな散策路です。
ここでやっとお待たせしていたhichaさんとくっきもさんと合流することができました。
⑥鮫洲八幡(さめずはちまん)
裏から入ってしまい、肝心の立派なお社を写すのを忘れました(汗)
鮫洲は 古くは御林町(おはやし)と呼ばれ漁師町で、将軍家に新鮮な魚貝類を献上する御菜肴八ヶ浦のひとつに数えられ、その中でも 鮫洲八幡神社は総鎮守でした。創立の年代はさだかではありませんが、 寛文(1661年~1673年)の頃にはあったとされています。
さて、ここで歩き疲れたのと小腹がすいたので休憩。お江戸にふさわしくないんですが、マクドナルドで休みました。
狙ったわけでもなんでもないんですが、3時から1時間限定コーヒーが0円というサービスタイム週間で0円でアイスコーヒーをいただきました。マック、太っ腹~~♪
⑦大井公園(山内豊重(容堂)の墓)
山内豊重は第15代土佐藩主で人材を登用して藩政の刷新に努めました。
大政奉還を始め幕府と朝廷の間の斡旋に力を尽くした人物です。
45歳の若さで亡くなり、遺言によって大井村の土佐山と呼ばれていた現地に葬られました。
⑧泊船寺(芭蕉ゆかりの寺)
永徳2年(1382年)海中より出現した阿弥陀如来を本尊として、大庵龍光が開創したとされる寺。松尾芭蕉とも親交があったことから、境内に牛耕庵(泊船堂・芭蕉堂)を建てたと伝えられています。
が、禅寺で門を閉ざしていたので中に入るのが憚られ、写真だけ。
やっぱり長くなるので、またつづく^^;
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コメント
山内豊重を全く知らなかったのです。
歴史の教科書に載っていましたっけ?
すっかり忘却の彼方です。(^^ゞ
芭蕉の足跡はあちこちに残っていますね。
お江戸オフでは、たびたび芭蕉にちなんだ所へ出くわす気がします。
マックのコーヒー、太っ腹でありがたかったです。(笑)
私はホントの太っ腹だけど、景気が悪いのよね。
この太っ腹の脂肪が取れたら景気があがるのかしら?(^^;;;
投稿: 陶片木 | 2009.10.08 20:44
陶片木さん、こんばんは!
今日は台風大丈夫でしたか?
>山内豊重を全く知らなかったのです。
歴史の教科書に載っていましたっけ?
私ももちろん知りませんでした(爆)
そもそも幕末のあたりはあんまり好きじゃなくて、日本史じゃなかったし・・・
っていいながら世界史の方も駄目なんですけど^^;
芭蕉はあちこち歩いていたんですねー。
お江戸オフで知ることが多いです。
>マックのコーヒー、太っ腹でありがたかったです。(笑)
3時からサービスは今日までだったみたい。
嬉しかったですね~~。
私の太っ腹もどうにかしたいです。陶片木さんのはたいしたことありません^^
投稿: ぶんぶん | 2009.10.08 23:21