第14回お江戸花見オフ(その2)
前の記事のつづきです
次に目指すは③四谷大木戸跡
ここで大木戸について復習。
江戸時代には江戸の市街地の出入口にあたる所に設けられ、取締りの関門の役割を果たしたものが大木戸です。
道の両側に石垣を築き,その間に木戸を設けて旅人を調べ,夜間の通行は原則として許しませんでした。
東海道筋の芝高輪大木戸に対し、甲州街道筋は四谷大木戸(1616年設置)とよばれました。甲州街道の出入口の第一関門の大木戸に対して、第二の関門は四谷見附(みつけ)であり、見附の完成(1636年)により、1792年(寛政4)大木戸は廃止され、道の両側の石垣も明治になって撤去されました。
(Yahoo!百科事典より)
④多武峯内藤神社
何故馬が祀られているかというと・・・
家康は江戸入府の後、譜代の家臣内藤清成を呼びよせてこう言いました。「馬で一息に回れる土地を与えよう」と。
清成の乗った駿馬は南は千駄ヶ谷、北は大久保、西は代々木、東は四谷と回りきり、疲れ果てて死にました。馬は大樫の木の下に埋めたといわれます。この与えられた土地が新宿御苑というわけなんですねぇ~~。
お江戸オフでもなければ、一生知らずに終わったかも^^;;
⑤お岩稲荷
二つあるんですね~。
日が暮れる前になんとしても到着したかった^^;
まずは田宮稲荷の方
正直言って白い鳥居が寄せ付けないものを感じてくぐるのが怖かったです(汗)
が、入ってみたら意外と平気、大丈夫でした。
ところで、祟りで恐れられているお岩さんですが、実は全く違うんですよ。
お岩は夫の田宮伊右衛門を支えた良妻賢母で、お岩さんの信奉する屋敷神が江戸中の評判になり、それがお岩稲荷ができたきっかけです。
それを劇作家の鶴屋南北が善い人じゃ面白くないっていうので、お岩という名前だけ拝借して、おどろおどろしい怪談話を作り上げてしまったんです。
四谷は甲州街道ですから、事実なら「甲州街道四谷怪談」となるわけなのにあくまでも創作という意味もこめて「東海道四谷怪談」というらしいんですね。
そのあたりの話もちゃんと印刷物に書いてあり配布していました。
陽運寺
田宮稲荷と真向いにある陽運寺。田宮稲荷はお岩さんが本当に信仰していたお稲荷さん。陽運寺はそのお岩さんの方を祀っているってことなんでしょうか?本家本元は田宮稲荷のようですがいまいち真実はつかめません^^;
さて、ここで時間切れのゆれいさんとお別れして向かうは
⑥戒行寺
ご存じ時代劇でも有名な火付盗賊改の長谷川平蔵の供養碑が建っていました。
このあたり、本当にお寺さんが多いです。
新宿というと繁華街というイメージしかなかった私ですが、歴史の街なんですよね。新たな一面を見たような気がしました。
⑦西念寺
服部半蔵さんのお墓がありました。
日が暮れてきたので、入口付近ですぐに見つかってよかった・・・
三方ヶ原の戦いの戦功により、徳川家康から与えられたと伝えられる半蔵さんの槍も見たかったなぁ~。西念寺本堂に現存していますが、通常は非公開だそうです。
(やっぱりつづく)
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ここで江戸六地蔵について調べてみると





芝生で円陣を組んでおやつ三昧しました。
最後に頂戴したお土産。
無農薬の甘夏をいただいたら、口が梅干しになるくらい酸っぱくて、













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