第13回新年お江戸オフその2
その1のつづき
このあと、永青文庫へ向かうのに胸突坂を登りました。登り終えて振り返った図。
もうはぁはぁぜいぜいです。この時は小雪がちらついていましたが、坂を上った私たちは暑くてね・・・
江戸時代には階段なんてないし、舗装されてないし、這うように上ったんでしょうか?
永青文庫
江戸時代から戦後に至るまであった細川家の広大な屋敷跡に建つこの建物は細川家の事務所として使われていたようです。
収蔵品は国宝8点、細川家伝来の美術工芸品など。
モナコ王妃も訪れたことがあるらしく、写真パネルも飾られていました。
こういうお宝や建物を保存していくというのは大変なことでしょうね。
首相をされた細川護煕さんの陶芸作品も別館で数点展示されていました。
首相より陶芸家の方が殿さまには合っていると思います^^;
さて、次は護国寺です。
5代徳川綱吉が生母桂昌院の発願により創建したお寺です。後将軍家の武運長久を祈る祈願寺となりました。
仁王門は修復中で写真が撮れなかったのですが、仁王様の顔は金網ごしに拝見できました。迫力ありましたよ。
京都育ちだった桂昌院は清水寺門前に習って護国寺前の音羽という名の9丁の町屋を新しく作ったと言われています。
本来なら江戸城から近い順に1丁、2丁と数えるところをこの音羽通りだけは護国寺から江戸川橋に向かって1丁、2丁と数えたんですって。
と訳知り顔に語っていますが、全てガイドブックの受け売りです。
重要文化財になっている月光殿は撮影しなかったのですが、私が撮影したのはコレ。
手洗水盤はやはり桂昌院が寄進したもので
「江戸名所図会」にも描かれているほどの由緒正しき代物で一度修復され今に至っているようです。
護国寺であっという間に日が暮れまして、カラスがかぁかぁと、墓地で鳴くものですから薄気味悪かったのですが、めげずに大隈重信のお墓や山形有朋のお墓を見学してきました。
次に行くのは雑司が谷墓地なのですが、暗くなって怖い!痴漢に注意なんて書いてあるけど、痴漢よりこの世にいないものが出てきちゃう方が私は怖い^^;
でも鬼子母神に行くのにもどうせ通らなきゃいけないし、お江戸に関係のあるジョン万次郎の墓だけでも見ていこうか、なんて話になりちょこっとだけ探してみました。
暗くて見つかりませんでした。
鬼子母神へたどり着くと、ガーン![]()
門が閉まっていて入れず![]()
というわけで、門の外より本堂に向かって手を合わせ、本日の最終地点である池袋の「とらふぐ亭」へと向かったのでありました。ここでアリスさんと合流です。
いや~~、歩いた、歩いた。足がパンパンになりました。
泳ぎてっちりコースにふぐのからあげ、ふぐの皮せんべいを追加しました。
ふぐ料理は1年の始まりに福(ふく)を呼び込むには最もふさわしいですね^^
ふぐ、ぴくぴくしてるんです。ごめんね、ふぐちゃん。綺麗に骨までしゃぶっていただかせていただきました。
ふぐは初体験でしたが、美味しかった~~~。
今回もとっても楽しいオフでした。鍋奉行は誰だったでしょう(笑)
ご一緒してくださった皆様、本当にありがとうございました。(hichaさん、アリスさん、美味しいお土産ありがとうございました!)
今年もこんな感じで始まったお江戸オフですが、また1年よろしくお付き合いくださいね。
やっと一日がかりで記事を書き終えました。後はお仲間のところをゆっくり読ませていただいて二度、三度楽しませていただきます(*^^*)
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