てなわけで、次は⑤山本亭へ。
地元ゆかりの山本栄之助翁(カメラ部品製造)の自宅だったところで、大正末期の特色を色濃く残した和洋折衷の建物です。
「こんなに広いと掃除が大変よね~」と言ったら、くっきもさんが「召使がやるからそんな心配いらないよ。その発想が庶民」と突っ込まれました。
確かに(爆)
ここで抹茶と和菓子をいただきました。
お茶をたしなまれているhichaさんにお作法を教わりながら、お茶の道も奥が深いと思いました。
私の場合、足がしびれる時点で駄目だわ~^^;
さて、4時までの矢切の渡しに間に合うように山本亭を後にして江戸川べりへと歩きました。
広い河川敷が市民の憩い場となっているようで、野球をしているグループもいました。
地元の 陶片木さん曰く、花火の見物時は絶好のポイント場所なんですって。
⑥矢切の渡し
なんとも手書きの看板が人間臭くていいですね~。
元和2年(1616)幕府は利根川水系河川の街道筋の重要地点15箇所を定船場として指定、それ以外の地点での渡河を禁止しました。そのひとつが矢切の渡しで、主に近郷の農民が対岸の農耕地へ渡るために利用していました。(傍にあった看板より)
昔ながらの手漕ぎなんですよ。
船頭さんは無口なお方でした。
こんなに沢山乗っていてもすいすいと静かに川面をすすみ、全然揺れません。流石です。
私の斜め前にいたカップル
「脱北者みたいだな」とぼそりと言った会話が耳に入り、
江戸川のどよ~んとしたグリーン色と、どよ~んとした空の灰色に、対岸の何もなさそうな風景がまさにそんな感じで、うまいこと言うわ~と感心しました
対岸の松戸側は本当に何もない場所でした。伊藤左千夫の「野菊の墓」の舞台になったところだけど、きっとその当時のまんまだと思われ・・・
野菊のこみちって言ったって野菊が咲いていたのはちょこっと一箇所のみ。
あとはひたすらこんなところを歩いていました。このあぜ道を列作って歩く集団、思い出すといまだに笑えます。
かわいいにゃんこを途中冷やかしながら、⑦野菊の墓文学碑にたどり着きました。
民子さんと政夫さんの物語、あれって民子さんが年上だから反対されたんだっけ?今なら考えられない話ですよね。
文学碑を後にして矢切駅にたどり着きました。
船頭さんからは駅まで40分かかるよ~と脅かされたけど、25分で歩いた私たちって偉いっ!
北総線に乗り、浅草駅へと着きました。
こちらも相変わらず人が多い~~。
せっかく来たので、手綱を握りお参りをして⑨もんじゃ屋さん「六文銭」へ。
ここで人数が多いので2テーブルに別れたのですが、もんじゃは美味しいし、盛り上がります~。
もんじゃにうるさい江戸っ子のもんじゃ普及委員長のTompeiさん、そして 副委員長の 陶片木さん。このお二人に追いつけとばかりに「今日は委員長から免許皆伝をもらうから、もんじゃ作りは任せて!」と常任委員の桜桃さん。
今までと勝手が違ったのは味付けは自分たちでするというところ。
果敢に挑むも土手が崩れ、カマンベールチーズもんじゃの作り方であえなく撃沈。皆伝は次回へと持ち越されたのでした。
委員長、副委員長クラスになると口は出しても手は出さず。もんじゃ屋のイケメン君に作らせたり、くっきも殿に作らせているではないですかΣ(`0´*)
新会員のゆれいさんやはますけさん、sallyさんも無事もんじゃデビューを果たし?もんじゃを普及させたことに関しては及第点をいただいたかと
今回ご一緒してくださったTompeiさん、桜桃さん、TOKIKOさん、
hichaさん、、 陶片木さん、くっきもさん、もんじゃから参加してくださったはますけさん、ゆれいさん、sallyさん、惑さんどうもありがとうございました。
食べ物のおみやげは私のお腹に大事におさまり、可愛い品物は大事に使わせていただきます。
大いに笑って歩いて飲んで食べた一日でした。また遊んでくださいね(*^-^)
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