2018.07.06

母の病気 その3

またまた久しぶりの更新です。世の中色々なことが起きています。ほんとに色々あったのだけれど、今私の気持ちではこれ以上大雨の被害が広がりませんように。それが一番の気がかり。

実家の母のことを忘備録として、そして同じ病気でここにたどり着いた方のために書いておこうと思います。

今までの記録 母のこと

          母の病気その2

母は84歳にして悪性リンパ腫という病気にかかりました。病名がわかったのが去年の11月のことでした。

84歳で抗がん剤を耐えられるのか?という疑問はありました。私は年取って抗がん剤なんて可哀想という気持ちもありました。姉と相談しました。ただ死を待つだけの日々は嫌だという姉の意見で抗がん剤治療をすることに決めました。もちろん母も了承してのことですが。

3週間おきの抗がん剤治療は6回。自宅からの通院治療で行いました。母の髪の毛は抜けて回を重ねるにつれ、だるくて体重も40キロを切り、それでも6回の治療を無事に終えることができました。高齢者ということで普通の7割の量というのが負担がなくてよかったのかもしれません。吐き気は全くありませんでした。

途中、白血球の値が悪くて一回延期したこともあったけれど母は頑張りました。

6回目の抗がん剤を4月3日に終えてからその後5月8日、15日とリツキサン単独投与をしてひと通りの治療を終了しました。

その1か月後つい最近ですが6月29日にCT、血液検査をして腫瘍マーカーも異常なし。

CTには腫瘍は完全には消えてないものの、小さくなりまあ問題なしということ。腫瘍を完全に消すには放射線治療となりますが、母はもう十分に生きたからこれ以上の治療は望まないということで自宅で普通に暮らしています。

今は本当に元気になっています。びっくりです。

義母の時も思ったけれど、昭和1桁生まれはしぶとい!戦争をくぐり抜けて苦労している人は本当に強い。

ネットで悪性リンパ腫 高齢者で検索すると.、抗がん剤も期待できないようなことが書かれているのですが、もし親の病気で迷っている人がいたら、諦めないで試す価値はありますよ!

母は85歳のお誕生日を迎えることができました。再発したら本人の希望でこれ以上の治療はしませんが少し親孝行もどきもできたし満足かな。

とにかく諦めないって大事。私自身はすぐに諦めそうだけど(笑)

義親、実親から学ぶこと多し。自分の老後も色々考えるこの頃です。

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2018.05.31

第12回東海道踏破オフ (小田原~箱根湯本)その2

前記事の続き

国道一号線であまりつまらない道をてくてくと。

上方見附跡

ここから斜め右方向に入っていくといくらか旧東海道らしい道になりました。

この建物、目をひいたので撮ったけどなんだっけ?覚えてないsweat01

板橋地蔵尊

外から手をあわせて通過。

踏切を渡って

風祭の一里塚跡を探すも見つからない。見落としたらしいsweat01

一里塚を見ないと悔しい!

車は来ないし、木陰でほっと一息つける旧東海道

紹太寺

稲葉家二代政則が父正勝と祖母の春日局の菩提を弔うために建立したという。

ここはいつかじっくりと見たい!果たしてそのいつかは来るのか?sweat01


先を急ぐ私たちはとにかくてくてくと。

ここからが意外と遠く感じました。

そしてやっと三枚橋でゴール!

この箱根の記事につながるというわけ。そして三島まで東海道はコンプリート。

〆はこれだよね。のどがからっからでした。

この日はなんだかんだ2万歩超え。昔に比べたらかなり脚力がついてきたような気がします。10キロなら歩けるね~なんて感じになりましたよ。

さて、次からは桜桃さんに完全なる踏破を目指していただき、私は東海道つまみ食いのいいとこどりで参加できたらよいなと考えています。

本当は私もコンプリートしたいけれど、この先どんどん遠くなって泊まり旅に老親のいる身としてはなかなか難しいのです。

とはいえ、お江戸仲間と歩くのは本当に楽しい!これからもよろしくお願いいたします。

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2018.05.30

第12回東海道踏破オフ(小田原〜箱根湯本)その1

今までブログを書くのは楽しくて何処かへ出かけるとさっさと書き上げていたのに最近はどうも苦痛になってきました。

パソコンが思うように動かないので、スマホで書いているのだけど老眼もあって億劫になっています。

とはいえ、記録しておかないと本当に忘れそうなので書くことに。
5月20日、東海道を歩いてきました。
夫に「小田原から箱根湯本まで歩いてくる」と言ったら「あれ、この間静岡まで歩いたんじゃないのか?また戻るのか?」と聞かれて「穴を埋めに行く」と。夫も「は?」みたいな顔をしていましたsweat01

というわけで、三島までは東海道踏破を目指していたので東海道踏破オフと今回またタイトルを戻しておきます。
前置き長すぎたねcoldsweats01

小田原駅に11時集合。箱根湯本を目指します。
せっかくだから小田原城も寄り道。
この日は湿度はなくて快適なものの、雲ひとつない青空でカンカン照り。日差しが眩しい!

小田原城までの道に


ひゅうが屋敷跡

江戸時代末期には約14軒の藩士の住まいがあったと書いてありました。


大規模なリニューアルをして美しくなった小田原城

小田原城についての歴史はコチラが詳しいです。


甲冑やお姫様の格好をさせてくれるらしく、そんな格好をして歩いている人を見かけました。

天守閣へ登りました。
石垣からの高さは27.2mで全国7位の高さだそうです。
天守閣へ登るまでの各階に展示室があり、小田原城の歴史や発掘品などが展示されていて時間が許せばじっくりと見たかったです。

真鶴、伊豆半島が見渡せ


箱根の山も見えて、天守閣からの眺めは最高!

小田原城を後にして食事処のお蕎麦屋さん「橋本」へ。


ここではちょっとした注文トラブルがあったけど、無事にみんな食事にありつけました。
私は鯵丼と蕎麦のセット。蕎麦より鯵が美味しく感じました。

腹ごしらえして、さぁ東海道!、少しショートカットしてしまったけど

この道をまっすぐいきます。

一本裏道に入ると

小田原蒲鉾発祥のお店だって。


明治天皇本町行在所跡

このあたりに本陣があったと思われます。

つづく

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2018.05.18

第11回東海道いいとこどりオフ その3

前記事からの続き

東静岡駅でバスから降りた私たちはまた東海道を歩きはじめました。

駅から富士山が見えました。なんて贅沢なんでしょう。

さあ、江尻宿から府中宿に向かってGO!

この日も風が強くて向かい風に向かってひたすら歩く。


延命地蔵尊

久能山東照宮道の標石

下伝馬本陣脇本陣跡

伝馬町には本陣2軒、脇本陣2軒、問屋場があり、十返舎一九は一時伝馬町に住んでいたとのこと。

静岡駅近くになってくるとさすが人が多く繁華街になってきました。

なんという店か忘れましたが、安くて新鮮な海鮮丼を食べて満足!


駿府城公園到着

駿府城は家康が秀忠に家督を譲った後の大御所時代の居城です。

復元された東御門巽櫓、坤(ひつじさる)櫓を見学しました。

紅葉山庭園も素晴らしかったです。

公園内はお花見している人たちもいて、広々としていて歩いていて気持ちよかったです。

この後静岡駅に戻り、みんなで無事に旅行を終えられたことに乾杯♪

新幹線で帰りました。

すぐに書かないとだめですね。どんどん記憶が薄れて内容が回を追うごとにどんどん薄くなってしまいましたcoldsweats01

でも本当に楽しくて美味しくて充実した1泊2日でした。ご一緒してくださった皆様どうもありがとうございました。

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2018.05.13

第11回東海道いいとこどりオフ その2

前回の記事のi続きです。

由比宿から興津宿まで薩田峠を越えて歩いてきました。



見づらい案内板ですが、いまだに続いている旅籠屋さんも。

本陣跡

清見寺を目指して歩いていたら、地元のおじちゃんに呼び止められました。
滝があるから見ていきなさいよと。
案内してくれました。
踏切を渡っていくと・・・


こんなところに滝が!不思議ー。
波切不動尊がこの滝の上にあるのですがそこまでは寄り道する時間がないのでお礼を言って清見寺へと向かいました。

清見寺


やはり踏切を跨いで。歴史ある立派なお寺でした。
徳川家康も今川氏の人質の時にこちらの住職に教育を受けました。

坐漁荘

明治の元老・西園寺公望の別荘です。昔はここから三保の松原も見渡せたらしい。

延命地蔵尊

名残りの松


一里塚と共に東海道を歩くと必ずありますね。

細井の松原跡

元禄時代には二百六本の松並木があったそうな。その横には無縁さんの碑がありました。

この後一里塚跡を探すも見つからなくて、腹は減るわ風も冷たく寒くてであきらめて清水のビジネスホテルへと急ぎました。

夜はホテル近くの居酒屋さんで宴会!

ほたるいかの刺身が新鮮で美味しかった~!

この日の歩数は26057歩。

翌日4月8日
この日は朝から快晴!

日本平へと時間節約でタクシーを使って向かいました。
日本平からロープウェイを使い久能山東照宮へ。
さすが立派です。





家康さんのお墓は今でこそ日光東照宮ですが、最初は御遺命によってこちらに葬られたのです。

家康さんの手形もありました。身長は私と同じくらいで小さいsweat01けど、手は私より大きかったです。

さて、ここから富士山が見えると勘違いしていた私達。東照宮からは富士山が見えずがっかりしてもう一度ロープウェイで日本平に戻ることに。



やはり日本平からの眺めは最高!
スルーしなくて良かった!

日本平からバスに乗り東静岡駅へ。つづく

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2018.04.26

足利フラワーパーク@2018

昨日春の嵐の中、日帰りバスツアーに行ってきました。
お江戸メンバーじゃないと雨が降るのかな〜と思いながらも…

日程としては朝6時半に最寄駅を出発→足利フラワーパーク→宇都宮餃子館で昼食→カルビー清原工場見学してから帰宅

すぐ近くからバスが出るとはいえ、春の嵐でバスに乗る前からずぶ濡れ。

でも雨のせいで昨日事故があり、首都高通行止め、迂回するも大渋滞。

あちらに到着したのが昼の12時になり、工程変更!
先に昼→工場見学→足利フラワーパークとなったのでした。バンザーイ!その頃には雨も止んでいる予報。



昼食の餃子尽くし定食
ボリュームあったー。皆んなで臭くなるから怖くない(笑)
宇都宮餃子なので美味しかったです。

工場見学は写真不可なので撮りませんでしたが、カルビーかっぱえびせんってノンフライなのね、3日間もかかって作っているとは知らなかった。異物混入とかありえないだろうと思われる綺麗な工場でした。

足利フラワーパーク




















17時半からライトアップも始まって少しだけ幻想的な藤も楽しめました。




帰りたくなかったけど、集合時間が17時50分で泣く泣く後にしました。
帰りは渋滞にはまらなかったので2時間半で横浜に戻ってこられました。
毎年行きたい!そして藤のかぐわしい香りが忘れられない旅となりました。


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2018.04.22

クロスステッチ作品色々

東海道の記事を進めなければいけないのだけど、なかなかやる気が起きず💦

ここ2ヶ月で仕上げた刺繍の作品を3つ記録しておきます。





母の日




これは実家の母にプレゼントしました。お腹の調子が悪くてトイレとお友達なので、トイレの壁に飾りました。トイレに入るのが楽しくなったと言ってますー笑

家々


これは最後にちょっと悪い癖が出てバックステッチが雑になってしまいました。だめですねー。

家事の合間にチクチク3つ仕上げました。
2Lハガキサイズなのでそれほど時間もかからないし、このくらいの大きさが私に向いているみたい。額も安いので済むしね。

『フランスの裁縫箱でみつけたちいさなクロスステッチ600』という図案集に全て載っています。可愛いモチーフが沢山載っているので、片っ端から作りたくなります。
刺繍針は落としてもそれほど危なくないし、ズボラな私向き。次は何を刺繍しようかなー。

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2018.04.18

第11回東海道いいとこどりオフ(薩埵峠越え)その1

4月7〜8日とお泊りオフをしてきました。

気づかれたでしょうか?今回から東海道踏破というタイトルを変えました。
忠実に東海道踏破ではなく、いいとこ取りという逃げを作りたかった(^^;)
約1名踏破を諦めてないけどcoldsweats01

さてさて、今回は薩埵峠で富士山が見たい!というのが一番の目的で、由比から清水まで歩き清水に泊まり翌日静岡まで歩くスケジュールでした。

天気予報で土曜日の雨マークがなかなかとれずやきもきさせられました。金曜日の雨が早めにあがってくれて助かりました。

まずは由比駅集合。
私は東海道線で2時間かけて到着。
新幹線組のみんなと無事合流して由比駅出発。だいたい11時頃だったかな。


昔ながらの東海道が残っていていい感じです


名主小池邸を見学。お庭には水琴窟もありました。武田氏にも仕えたという旧家です。
受付のおばちゃん、もしかしたら子孫の方?が親切な方でこの先薩埵峠を越すと食べるところがないし、由比の桜えびは美味しいから薩埵峠の手前の倉沢屋で食べていくといいと教えてくれました。

ということで、倉沢屋がそんなに待たずに入れるようなら食べようということになりました。30分程で入れるというので並ぶことに。

待ち時間に八坂神社(本当は中峯神社に行くつもりが間違えた)へ。

今回の旅の安全を代表しておまいりしてきましたよ。

くらくらするほど高い位置にあって手すりを握りしめる手にも力が入るけど、前を行くTOKIKOさんはあっという間にするする上っていっちゃった。

倉沢屋さんでの昼食


桜エビ尽くし!かき揚げはサクサク!生桜エビも美味しかった!そこの土地のものを食べるっていいですよね。
もうここで旅の半分の目的は終わったかのような気分になりました。


本陣跡



間の宿脇本陣柏屋跡を過ぎて一里塚


日本橋より40里目

私達は所々端折って歩いているので、まだこんなに歩いてはいないがsweat01

ここから上り坂になっていきます。


後ろを振り返るとミカン畑と富士山が。

少しどんよりはしているけれど、富士山が見えて坂道もなんのその、テンション上がります。
箱根の峠超えに比べて楽チンで景色も良くて楽しい♪

薩埵峠キターー



広重さんが描いた薩埵峠

 

この峠の道を安全に通行できるようになったのは、安政の大地震で海岸が隆起してからだといいます。
それまで東海道は崖の下の波打ち際で波の周期に合わせて一気に通り抜け、その際親子でもお互いに思いやる余裕がなかったために「親知らず子知らず」と言われ東海道随一の難所と言われました。

今は峠越えというよりハイキングといった感じで辛くなかったです。それでも興津に近づくころには足が疲れてスーパーではるみみかんを食べてビタミン補給♪甘くておいしかった!

昔の旅人は人足さんを使って渡ったであろう興津川を、私たちは現代の橋を渡り先へと急ぎます。

興津駅近くのケーキ屋さんで30分ほど休憩(ここのシュークリームがまた絶品)してから興津の一里塚を通過

日本橋より41里目

一里塚を見つけるともう4キロ歩いたのか~とか、まだ4キロなの~とか目安になるのは江戸人も同じ思いだったに違いない。

ちなみに由比から興津まで東海道線だと一駅5分で到着するんですよ。

なんだってわざわざ峠まで越えてこんな苦労して歩いてんの?って話はなしで宜しくcoldsweats01

つづく)

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